消えるはずだった営業職の「転生」
かつてオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが「消える職業」の筆頭格として営業職を挙げたとき、我々エンジニアの多くは「やはり、定型化されたコミュニケーションや事務作業は自動化の波に呑まれる運命なのだ」と冷ややかに、しかしどこか納得感を持って受け止めていた。だが、現在のビジネスフロントで起きている現実は、その予測を完全に裏切っている。営業職は消えるどころか、AIという「最強のバディ」を手に入れたことで、最もエキサイティングで人気のある職種へと『転生』を遂げつつあるのだ。私はこの現象を、単なる一時的なトレンドではなく、人間とAIの協調における「最も成功したユースケース」であると確信している。
開発現場で例えるなら、これは「テストコードの自動生成」や「GitHub Copilot」の導入によって、エンジニアが退屈なボイラープレートコードの記述から解放され、アーキテクチャ設計という本質的な創造性に集中できるようになった変化と全く同じだ。従来の営業パーソンは、顧客情報の収集、過去の商談履歴のマイニング、提案書の作成といった「商談準備のデッドロック」に全エネルギーの8割を奪われていた。しかし、Sansanが提供するAIサービスのように、商談準備の手間を4分の1に圧縮するツールが登場したことで、営業は「顧客との深い合意形成」という、人間にしかできないラストワンマイルの対話に全精力を注ぎ込めるようになった。富士通がデジタルセールスやインサイドセールス部門の大幅な人員増強(増員)に踏み切ったのは、AIによって営業の「生産性の限界値」が爆発的に向上し、投資対効果(ROI)が極めて高い職種へと変貌したからに他ならない。時田隆仁社長率いる同社が、このタイミングで営業組織の強化に動いたことは、AI時代における人材配置の最適解を示している。
NECが示す「無人組織」という極北
一方で、営業の超人化と対をなすように、バックオフィスや業務プロセスの自動化は「無人化」の極限へと向かっている。その象徴的な動きが、NECが発表した「AIエージェント17人による新部署」の設立だ。これは、単なるRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の延長線上にある話ではない。自律的に思考し、相互にAPIを叩き合いながら業務を完結させる「AIエージェント」だけで構成された組織であり、人間は例外処理や最終承認のみを行うという、まさにSFのような「無人組織」が現実のものとなっているのだ。
このNECの試みと、富士通の営業増員は、一見すると矛盾しているように思えるかもしれない。しかし、これらは「同じコインの裏表」であると私は考える。定型業務や内部プロセスの徹底的な「コード化(無人化)」を進める一方で、顧客との接点である「営業」というインターフェースには、AIで武装した人間を大量に投入する。なぜなら、どれだけAIが進化しようとも、BtoBビジネスにおける数千万円、数億円規模の意思決定(購買)を最終的に下すのは「人間」だからだ。人間は、AIが生成した完璧な正論よりも、泥臭く自社の課題に寄り添ってくれた営業パーソンの「熱意」や「信頼性」に金を払う。AIは、その信頼関係を構築するための「商談の勝ち筋」を、過去の膨大なデータからリアルタイムに解析し、営業パーソンに耳打ちする。アドバンスト・メディアなどの音声認識技術を活用し、トップ営業ではなく「2位の営業」の行動パターンをAIで解析・模倣させることで、組織全体の中間層を底上げするアプローチが成果を上げているのも、極めて合理的だ。営業プロセスがデータ化され、再現可能な「アルゴリズム」へと昇華された結果、未経験者でも短期間で腕利きのセールスへと成長できる環境が整ったのである。
ビジネスの超高速化に耐えられるか
この「AI武装した超人営業」と「無人化されたバックオフィス」の誕生は、我々システム開発に携わるエンジニアに対して、極めて重い問いを突きつけている。営業がAIを駆使して顧客のニーズを瞬時に吸い上げ、超高速で案件をクローズしてくるようになれば、その背後にあるシステム開発のデリバリー速度はどうあるべきか。営業が「明日からこの新機能を提供できます」と約束してきたとき、我々は「仕様書の作成に1ヶ月、開発に3ヶ月かかります」などという牧歌的なスケジュールを提示し続けることができるだろうか。ビジネスの血流がAIによって超高速化する中で、開発プロセスだけがボトルネック(デッドロック)になる未来は、すぐそこまで来ている。
我々エンジニアが明日から取るべき具体的な処方箋は、単にコードを書く「実装屋」からの脱却だ。NECの17人のAIエージェントが証明したように、要件定義からコード生成、テストまでの定型プロセスは、近い将来完全に自動化される。その世界で生き残るためには、我々自身も「ビジネスのドメイン知識」を深く理解し、AI営業が持ち帰ってきた顧客の課題を、即座にシステムアーキテクチャへと翻訳できる「ビジネス・システムデザイナー」へと進化しなければならない。あなたの開発しているシステム、そしてあなた自身のキャリアは、この超高速化するビジネスの血流に耐えられるだろうか。それとも、AIエージェントに駆逐される側の「レガシー」として取り残されるのだろうか。


コメント