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- 事実と背景:e-Govの全96,780条をFable 5で解析し、従来手法から漏れた87件の改正候補を検出。
- 技術的変革:従来の単語一致検索から、LLMによる意味解析へ移行し文脈に埋もれたアナログ規制を特定。
- 現場への影響:電磁的記録の定義重複など法的不整合が解消されれば、行政API連携やDX実装が劇的に加速する。
全9万条文の解析と単語一致の限界
深夜のオンコールで呼び出され、十数年前に書かれたレガシーシステムのソースコードを前に頭を抱えた経験は、多くのエンジニアにあるはずだ。ドキュメントは更新が途絶え、グローバル変数が方々で書き換えられ、局所的なパッチ当てが繰り返された結果、どこか1行を触れば予期せぬ機能が吹き飛ぶスパゲッティコード。これと全く同じ、あるいはそれ以上に深刻なアーキテクチャの崩壊が、我々の社会を規定する「法律」というコードベースで起きていると私は強い危機感を抱いている。明治期から現在に至るまで、継ぎ足しと部分修正(パッチ)を重ねてきた日本の現行法規は、まさにリファクタリングが完全に放棄された超巨大レガシーシステムそのものだ。
この巨大な技術的負債に対し、参議院議員でありAIエンジニアでもある安野貴博氏が投じた一石は極めて鮮烈である。安野氏らは、Claude Codeをベースとしたultracode環境下で「Fable 5」を数時間稼働させ、デジタル庁のe-Govが提供する全法令XMLから法律のみを抽出した合計96,780条のテキストを精査した。目的は、デジタル化を根本から阻害している「アナログ規制」の改正候補条文を漏れなくあぶり出すことだ。その結果、従来の政府主導の取り組みをすり抜けていた87件(81法律)もの改正候補条文が新たに抽出された。
これまでデジタル庁が主導してきたアナログ規制改革は、2024年9月時点で7,835箇所もの見直しを完了させており、それ自体は確かな前進であった。だが、その検出ロジックは実質的に「目視 and(検査 or 点検 or 調査)」や「対面」「掲示」といった指定キーワードによる機械的なAND検索・正規表現スクリーニングに依存していた。ソフトウェア開発に例えるなら、特定の非推奨メソッド名でgrepをかけてリプレイスを試みたようなものだ。このアプローチでは、「立会いをもってしなければ効力を生じない」「〜を経由して」「読み聞かせ」といった文脈依存のアナログ義務付けや、「縦覧ニ供シ」「呈示」といった戦前法特有の旧仮名・カタカナ混じりの表現を完全に見落としてしまう。構文解析(Syntax)にとどまるgrep検索では、法律が真に意図する振る舞い(Semantics)のバグを検知できなかったのである。意味論を理解するLLMを用いて初めて、法律というコードベースに潜む「見えない依存関係」の抽出が可能になったのだ。
343本に散らばる定義とDRYの崩壊
Fable 5によって抽出された87件の具体例を検証すると、エンジニアとして背筋が寒くなるような「立法格差」と構造的破綻が白日の下に晒されている。例えば、行政手続法第十五条の掲示規定は令和5年改正で「電磁的記録を不特定多数が閲覧できる状態に置く措置」へと修正されたが、同じ法律の第三十五条第三項にある「行政指導が口頭でされた場合の書面交付義務」には電磁的提供の規定が抜け落ちたまま放置されていた。さらに酷いのが民法第九十八条第二項(公示による意思表示)だ。条文上は民事訴訟法の規定に従うと明記されているにもかかわらず、参照先である民事訴訟法第百十一条は令和四年に電子化対応を済ませているのに対し、民法側には「掲示場に掲示し、官報に掲載する」という旧態依然とした手続きがベタ書きされたまま残存している。依存ライブラリのAPIインターフェースがv2に破壊的刷新されたにもかかわらず、呼び出し元のクライアントコードが古いv1のパラメータをハードコードして動かなくなっている状態そのものだ。
そして何より我々ソフトウェアエンジニアを絶望させるのが、法令界における「DRY(Don’t Repeat Yourself: 重複の排除)」原則の完全な崩壊である。調査によれば、現代のあらゆるITシステムの根幹をなす「電磁的記録」という語の定義が、実に343本もの法律において個別に再定義(コピペ)されている。しかもタチの悪いことに、ある法律では「よつては」、別の法律では「よっては」と表記揺れが存在し、括弧書きのスコープも条文ごとに微妙に異なっている。各省庁が自己の所管する法律内で自己完結させたいという縦割り構造が生んだ「ボイラープレートのコピペ文化」が、横断的な一括リファクタリングを極めて困難な作業へと変貌させているのだ。
この問題を根本から解決した先行事例が、韓国が2021年3月に施行した「行政基本法」である。韓国のアプローチは、ソフトウェア工学における「共通ライブラリ化」そのものだ。第5条において「他の法律に特別な規定がある場合を除き、この法を適用する」と宣言することで、デフォルトの振る舞いを共通基盤(フレームワーク)として提供し、個別法での重複実装を禁止した。とりわけ第20条では、完全に自動化されたシステム(人工知能技術を適用したシステムを含む)による行政処分を一般規定として定義している。AIによる自動処理の根拠を、個別法数千本に書き足すのではなく、コアライブラリに一度だけ実装して下位の各法へ継承させる設計思想だ。これこそが、技術進歩に耐えうるアーキテクチャ設計であると私は考える。
法制版Mythosの衝撃と永田町のデッドロック
法律の世界が直面しつつある構造変化は、サイバーセキュリティの世界で2026年4月に起きた「Mythos Moment」と完全に相似形をなしている。Anthropicが「Claude Mythos Preview」を公開し、主要テック企業と「Project Glasswing」を展開した際、何が起きたか。主要OSやブラウザから未発見のゼロデイ脆弱性がわずか1か月で1万件以上も検出されたのだ。Mozillaの開発者ブログの公表値によれば、Firefoxのセキュリティ修正件数は2025年を通じて月20〜30件程度で安定していたが、Mythos Preview導入直後の2026年4月には一気に月423件へと跳ね上がった。そのうち271件がAI単独で掘り起こしたバグである。プレプリントサーバーarXivの数学領域でも、2026年1〜8月の論文投稿数が前年同期比33.5%増の47,127件に達し、過去15年のトレンドを20%以上上振れした。問題は昔からそこにあったが、人間の認知リソースというボトルネックによって見逃されてきたバグや未解決命題が、探索コストの激減によって雪崩のように表面化しているのだ。
海外の行政領域では、この探索の自動化がすでに実務へと組み込まれつつある。米国オハイオ州ではAIを用いて行政規則の総点検を行い、電報やカセットテープといった遺物を削除して200万語以上の規則テキストを削減した。バージニア州も2025年7月に知事令を発令し、AIエージェントによる規則の定期点検をルーチンワークとして制度化した。日本においても、今回のFable 5の検証が証明したように、条文のバグや陳腐化箇所を数時間で網羅的に特定する技術はすでに手元にある。
しかし、ここでシステム開発者なら誰もが知る、致命的なアーキテクチャの課題が立ちはだかる。それは「探索コストがゼロになっても、マージとデプロイのパイプラインが詰まっていればシステムは破綻する」という事実だ。法律におけるCI/CDパイプラインとは、各省庁による改正案の起草、内閣法制局による厳密な法制執務審査、そして国会の本会議・委員会での審議時間そのものである。今回検出された87件の改正候補を、従来通りの個別法改正プロセスで処理しようとすれば、審議日程のデッドロックを引き起こすことは火を見るより明らかだ。検出能力が100倍に加速した一方で、マージを担当する永田町と霞が関のコミットスループットが1倍のままであれば、未処理のプルリクエストが山積みになってリポジトリ全体が機能不全に陥るだけである。
立法CI/CDの構築と我々に課された問い
我々エンジニアは、仕様の陳腐化やシステムの機能不全を嘆くとき、往々にして「行政の手続きが遅い」「政治が古い」と外部のせいにして片付けがちだ。しかし、この社会を動かす基底プロトコルが「法」という名のコードベースである以上、そのメンテナンスの遅れが最終的に直撃するのは我々自身である。Web3、ドローン配送、自動運転、そして自律型AIエージェントの実装に至るまで、どれほど野心的なコードを書こうとも、最下層の法令ライブラリに「対面で」「書面で」「実地に」というブロッキング処理が1行残っているだけで、我々のプロダクトは例外(Exception)を投げて停止する。
明日からの実務において、我々開発者が取るべき処方箋は明快だ。まず、自社が関わる事業領域の規制コードベースを抽象化して捉える視座を持つことだ。官公庁が提供するe-Gov法令APIやXMLデータを活用し、自社プロダクトの障壁となっている条文の依存関係を可視化・分析する「CivicTech的アプローチ」を、技術的負債解消のロードマップに組み込む必要がある。そして政治と行政に対しては、韓国の行政基本法のような「共通例外処理のライブラリ化」と、AIによる自動リントチェック(静的解析)を国会提出前に走らせる「立法のCI/CDパイプライン」の構築を、産業界のエンジニアリングコミュニティ全体として強く要求していくべきだ。
コードにバグがあればテストを書き、CIを回し、リファクタリングを継続するのがエンジニアの責務だ。では、自らの生活とビジネスを根本から縛っている「法」という国家規模のレガシーコードが技術的負債で軋みを上げている今、我々はそれを「専門外の政治マター」として見殺しにし続けるのか。それとも、アーキテクトとしての知見を永田町へと接続し、社会のOSそのものをリファクタリングするコミッターへと名乗りを上げるのか。その覚悟が、いま我々エンジニア一人ひとりに問われている。


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